学会のあゆみ

(2020年2月8日現在)

日本良導絡学会(設立~分立前)
昭和42年(1967) 4月:京都大学医学部にて同時開催。良導絡鍼灸学会・日本鍼灸学会。 その他:在香港中国鍼灸、医薬両学会、九竜、香港、港九各医師会および台南医学会の依頼により良導絡講習会を台南市および香港で行う。
昭和41年(1966) 11月:聖ジョン騎士団ナイト勲章が笹川教授、中谷博士に授与される。 第12回東京良導絡、会場:品川文化会館。9月:第11回大阪良導絡、会場:大阪府医師会館。5月:京都大学医学部にて同時開催。良導絡鍼灸学会・日本鍼灸学会。4月:学会名を「日本良導絡学会」と改称する。
昭和40年(1965) 11月:良導絡学術大会(設立5周年):第10回東日本、第9回西日本を開催 この前後、良導絡はスポーツ医学に深く関わり、とくに東京オリンピック時には大いに活用される。この時、体操の小野喬選手が肩が挙がらず、良導絡治療を受けながら演技を行い、みごと金メダルを獲得した。
昭和39年(1964) 11月:第7回東日本良導絡学会を東京にて開催。会場:平和島温泉。 9月:第8回西日本良導絡学会を大阪にて開催。会場:大阪府医師会館。4月:研究所において「良導絡支絡」の実験が1年間かけて行われる。その他:東京と大阪の大会が重複するというので、大阪は9月、東京は11月となり、鍼灸良導絡学術大会は4月とする。良導絡学会は学術大会 大阪大会・東京大会という。
昭和38年(1963) 月:第6回西日本良導絡学会を大阪にて開催。会場:大阪府医師会館。 月:第5回東日本良導絡学会を東京にて開催。会場:東京平和島温泉。その他:日本鍼灸学会における良導絡発表の形とは別に独立して鍼灸良導絡学会学術大会開催
昭和37年(1962) 月:第4回西日本良導絡学会を大阪にて開催。会場:ナンバ北極星。 月:第3回東日本良導絡学会を東京にて開催。会場:平和島温泉。
昭和36年(1961) 月:第2回良導絡学会を大阪にて開催。会場:難波・北極星会館 月:第1回良導絡学会を東京にて開催。会場:大森海岸・平和島温泉会館
昭和35年(1960) 7月:「月刊良導絡」創刊を発行。 6月:笹川久吾、深町穂積、中谷義雄ほか全国各地より十数氏の呼びかけにより、良導絡医学会を、大阪市西成区桜通七丁目二番地に創立。会長:笹川久吾、副会長:中谷義雄。4月:浦野氏の援助により、月刊良導絡の編集(タブロイド)。
昭和34年(1959) 良導絡月例研究会発足の話し合いをする。 秋には大阪鍼灸学会を作り、懸賞論文を募集する。
昭和33年(1958) 電探器の歴史を語る会を中谷宅で行う。 関西鍼灸柔整専門学校(現:関西医療学園専門学校)の学生(鍼灸師)を集めて研究をする。
昭和31年(1956) 日本鍼灸学会と併設にて良導絡学術大会。 浦野氏と和田清吉氏宅で臨床を開始。
昭和30年(1955) 毎月第1日曜日、中谷医院において大阪良導絡研究会がはじまる。 3月:良導点良導絡電気測定器と命名、附属測定調整盤ができる。鍼灸談話会が発信。
昭和29年(1954) 日本鍼灸学会鍼灸談話会が京都楽友会館にて開催。 毎月2回第2・4日曜日に開かれ、約150回続く。
昭和28年(1953) 中谷義雄「内臓皮膚反射遂行器としての皮膚通電低抗について」日本鍼灸学会第1回学術大会にて発表。
昭和27年(1952) 12月:鍼灸振興会から標準型良導絡測定器が製作発売(3300円)、スピー力一付き大型も製作された。 7月:東洋医学会で「経穴・経絡の本態」という題で報告。その他:日本鍼灸学会の例会で発表。
昭和25年(1950) 良導絡の着想。